学生、政策とは何かを考えるの巻

学生への情報

ウクライナ問題が浮上し、わかものたちが様々な方法で調べているようです。

わたしが学生だった頃「イライラ戦争」があり、当時国内の学生はバブルですから

政治に対して興味を持つ…なんてことは薄くて、一番熱く私に「イライラ戦争」の問題を語ったのは、アメリカからの留学生とニュージーランドからの留学生でした。

つたない英語力によれば「話が違う」兵役に、彼らは立腹していて

「話が違う兵役」がなんであるのか、分かったのは 自主防災会部長を務め、

各国の「危機管理マニュアル」を読んでからでした。

 兵役(⇒州兵)=主に災害ボランティア/戦争の前線に行くことや軍隊参加ではない

この違いは、兵役がない日本では余り知られていません。兵役は「租庸調」の「庸」に近いのかなと私は思っています。都で働くか、現金か…だからこそ、あの時学生たちが「話が違う」と怒ったのではないか、と。けれども、情報量が当時は違いますから、広瀬隆さんの「東京に原発を!」を読んで、なんて国民には色々な情報が知らされていないんだ!と思ったものです。今は大分いいですよね、世界から情報が取り寄せられる。陰謀論を展開する方もいますが、1冊ずつ、時代遅れの本を読んでいるよりは、よほどいいです。


学生、マニュフェストにふれる

さて、調べている学生たちは「では政治家たちはどうアクションするのか」を見ることになります。それについて、意見する若者もいますが、面白かったのは「マニュフェスト」への意見です。


 そもそも、●●さんのマニュフェストは「どうやって実現するんだ」ってことばかりだ。
 たしかに、マスコミがこの件について騒ぎすぎだからって「やります」って言って
 できることなんだろうか?
政策ではなく「事件」で成り立っているマニュフェストは、いわば週刊誌のゴシップと同じだ

ゴシップ…と言われて、ちょっとくらくらして、ついていけなくなったので、わかものに解説してもらいました。この「ついていけない」感覚は『持続可能社会』についての彼らのアイデアの時と同じです。


ゴシップと政策の違い

茅ヶ崎市の例で教えてもらえる?とお願いしたので、彼らは「事件(=ゴシップ)」と「政策」に、案件を分け始めました。

 ●赤字財政であることが分かった⇒事件(ゴシップ)

 ●中学生の給食をつくる⇒政策

 ●学校にエアコンをつける⇒政策

 ●市立病院で不正があった⇒事件(ゴシップ)

 ●副市長がハワイでなくなった⇒事件(ゴシップ)

 ●防災拠点であるゴルフ場がなくなる⇒事件(ゴシップ)


なぜ、ゴシップ政治だけがクローズアップされるのか?

という表題について、話し合ってもらいました。

事件っていうかたちになる前にストップしたかった人は少なくないはずで、それでも止められなくてこうなっているんだから「なんとかしよう」と思っても、よほどでなければ改善できないはずだ
事件であるなら、解決しなければ…と国民はだれでも思う。事件が起きる時しか、政治でない…という土壌を育てたのは、マスコミにほかならない
事件の解決…というのと、制度や運用を見直すのは全く違う。事件、という時点で違法なわけだから。無理にしても、なんらかの策を立てないわけにいかない
政策っていうのは、目標や理念があって成り立つわけだから。そこへ意見や思考が及ばない国民も違うと思う。
政策を考えられない国民をつくっているのはマスコミだと思う。ゴシップばかりを流されれば、その件は「いい」「悪い」で好き嫌いでモノゴトをとらえがちだ
そもそも、政治を行うのであれば「人を教育する」ことから始めるべき。マスコミのゴシップだけが「教育」になっているのなら、あまりにレベルが低すぎる

どの意見も、耳が痛いことしきりで‥‥バブルで、遊んでいた私たちの世代は、もう一度、生き方を問い直さなければいけないな…と思ったのですよ・・・。











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