師走 ネバー・エンディング・ストーリー

1===

いくつくらいまでか、父は酔うと私たち姉妹だけでなく近所の子供たちも集めて、

「おはなし」をしてくれた。毛布をばーん、とリビングの床に広げる。


「さあ、おはなしの国に魔法のじゅうたんが飛び立ちます、皆さん、しっかりつかまっていてくださいね」


大声で語り始める。

父が飲み始めると、よく私たちは、おはなしをしてちょうだいとせがんだものだ。


2===

私がとりわけ大好きだったのは、大きな鯨をつかまえようとして、

白髪になってしまう漁師さんのおはなし。

波がざぶん、ざぶんというあたりで、父は毛布を右に左に揺らしてくれる。

もちろん、それはメルヴィルの「白鯨」を父がアレンジしたものなのだが、

私は中学生くらいまで知らなかった。


「宝島」もまた、父のお得意であった。

船の上で林檎の樽に身を潜めるところなど、見つかってなるものかと

妹たちと息を潜めて聞いたものだ。


父と共に冒険した「おはなし」の原典に触れたとき、私は心を弾ませた。

何度も聞いているにもかかわらず、図書館や図書室で飽きもせず「宝島」を借りていた。

それを片手に「宝の地図」を描いたりもした。

気の毒なことに、妹や近所の子供たちに「冒険」を強要したりもした。

近所にある防空壕へ入ろうと言ったり、悪者を捕まえようと言ったり…


おはなしの国は、毛布を船にかえ、犬を海賊にかえ、防空壕を宝の島にかえた。


3====

子供が生まれてみて、始終「本を読んで」とせがまれる。


公園に足が遠のく冬場など最悪だ。

ええっ、又それを読むの?数えたら月に五十回以上読まされた本もある。

もう、暗誦できそうなくらいだ。

えっ、まだ読むの?さっき読んだばかりじゃない、

立て続けに十冊以上読まされ、電話にがらがら声で出たりする。


うんざりした時に、父の「おはなし」を思い出したのだった。

よくもまあ、飽きもせずに同じおはなしをしてくれたなあ、

いや、飽きていたんだろうな、と結論する。 


いったい子供という生き物は、何に対してもエンドレスだ。

だから若いうちに出産しなさいというわけだ。

そうして、私は恨めしげに冬空を見上げ、舌打ちする。


相手はコドモだ。そして、マモノだ。

彼女は今、がらがらどんと戦っているのだ。

何度も、何度も戦っている。そう、こんなかんじだ、


『咳の子のなぞなぞあそび きりもなや(中村汀女)』


 それでも、いそいそとクリスマス前に本屋へ足を運ぶ。

娘にはサンタさんからだと言ってやってくださいね、本屋さんでお願いする。


「すっごいなあ、サンタさん、こんなに沢山ごほんくれるのーっ」


大喜びの娘と共に、ダンボールをあける。

中からひんやりと懐かしい匂いがする。

さあ、いっしょに冒険をしましょう、その匂いが小さなマモノを誘っている。

 ダンボールをえいっ、とよけて諦める。


覚悟はできた。父のように、つきあおうじゃないか、娘の冒険に。


『本買えば表紙が匂う雪の暮(大野林火)』

5階のうだがわです。

茅ヶ崎駅前で今日もホンキで、防災、英語絵本、地域活動しています。